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石原慎太郎都知事が参院比例代表で応援する衛藤晟一氏

2007/06/19 15:31

 

 いよいよ参議院選挙モードになってきた。

 夏の参院選で、東京選挙区(改選数5)から自民党公認で出馬する元テレビ朝日アナウンサーの丸川珠代氏(36)に石原軍団が応援するという。

 

 圧倒的な支持で三選を決めた石原慎太郎東京都知事だが、この石原知事が誰を応援するのか、注目されるところだが、すでに石原知事が応援を決定している候補者がいる。

 今回の参院選の焦点のひとりであり、安倍晋三総理が復党させ、参議院比例代表に出馬予定の衛藤晟一(えとう せいいち)氏だ。

 

 そのホームページhttp://www.eto-seiichi.jp/ を見ると、衛藤晟一氏の政策を紹介するビデオがあり、石原慎太郎都知事が次のように述べている。

「少し乱暴なこといわんと政治は動かない。あんたみたいな元気のいいのが出てやらなくては…。こういう政治家を遊ばせていたら、国家のためには損ですよ。晟ちゃんに早くもどってきてもらわなくては、困るね」  

 

 その衛藤晟一氏がどのような政治信条なのか、ある雑誌のインタビュー記事を紹介しておく。

 

    官邸機能を強化しリーダーシップ確立を

 

 ――昨年十月に安倍内閣が発足してより約半年が過ぎましたが、これまでの安倍内閣の取り組みをどのようにご覧になっていますか。

 衛藤 「戦後レジームからの脱却」を掲げた安倍内閣が、占領下に制定され、わが国の教育を根本から歪めてきた教育基本法をついに改正し、また、防衛庁を「省」へと昇格させたことは実に画期的なことでした。


 それとともに四月六日、官邸主導で機動的な外交・安保戦略の立案を可能にする日本版「国家安全保障会議(NSC)新設のための安全保障会議設置法改正案を閣議決定しましたが、このNSC新設の動きや、拉致対策本部を設置するなど、官邸機能を着々と強化していることも、「戦後レジーム」を克服することであり、素晴らしいことだと思います。

 これまで官邸は、この国を引っ張っていく総合戦略を考える機能を持っていませんでした。総理の下には、官房長官、副官房長官、政務官、補佐官とわずかなスタッフがいるだけで、大きな政策は各省庁に任せ、官邸がリーダーシップを発揮する体制ではなかったのです。わが国は占領政策によって、軍隊を解体されただけでなく、安全保障に関する法令もすべて廃止され、国家の緊急事態に対応する体制も弱体化されたのです。そこで、安倍総理は、まず日本版NSCを新設し、各省庁を横断してわが国の安企保障体制を根本から建て直そうとしている。これは実に意義深いことだと思います。

 

 教育基本法改正から「教育再生」へ

 

 ――日本会議国会議員懇談会事務局長を務められ、教育基本法改正にも尽力してこられましたが、今回成立した新教育基本法をどのように受け止めていらっしゃいますか。

 衛藤 近年、親が子を殺し、子が親を殺すといった悲惨な事件が頻発していますが、それは行き過ぎた個人主義、そして経済的な豊かさや唯物的な価値しか教えてこなかった六十年にわたる戦後教育のツケがこのようなかたちで現れていることは否めません。その戦後教育の歪みの大本であった教育基本法が改正され、これまで日本人が見失っていた価値観をもう一度見直し、それをしっかり子どもたちに教えていこうという機運が生まれたことは、実に喜ばしいことです。

 この度の改正で私が特に重要だと思いますのは、第二条(教育の目標)に、「道徳心」「公共の精神」「伝統文化の尊重」「愛国心」が達成目標として盛り込まれたことと、第十六条で、教育における責任が明確になったことです。これまで国や教育委員会が日教組の偏向教育や横暴を取り締まることができなかったのは、彼らが旧基本法第十条の「不当な支配」を盾にして「現場の教員にこそ教育権があり、職員会議こそが最高の決定機関だ」と主張していたからで、これが教育の正常化を大きく妨げてきたわけです。逆に校長先生が日教組につるし上げられ、自殺に追い込まれるようなことが平然とまかり通っていた。しかし、今回、第十六条で「教育は、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきもの」と定められたことによって、日教組のこれまでの言い分は成り立たなくなりました。校長、教育委員会、国が学校現場に責任を取るべきことが、はっきりしたわけです。

 現在、教育改革三法の審議で、教育委員会が十分な責任を果たせない場合は国が関与すべきことなどが議論されていますが、これらを進めるためにも、国が学校現場をきちんと評価し、その結果に責任を持たなければならないという教育行政の責任が明確にされる必要がありました。教育行政の責任がはっきりしたことで、学級崩壊やいじめ問題などにも、より適切に対処できるのではないかと思っています。

 また、新教育基本法第十条で「父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有する」と、家庭教育の充実がはっきり謳われたことも画期的なことだと思います。

 

 「少子化対策」は「家族支援」を中心に

 

 ――「家族支援」を訴えられていますが、これは今政府が進めている「少子化対策」とは違うのですか。

 衛藤 日本は「少子化対策」と言いますが、欧米では「家族政策」と言われているのをご存じでしょうか。世界には、憲法に「家族を大事にする」と明記している国が多くあります。そういう意味で、日本の少子化対策も、「家族支援・家族政策」という視点から捉え直す必要があるのではないかと考えています。

 言うまでもなく、家族は個人の次の単位で、家族の中で人間形成はされていきますし、躾や規律、杜会性もその中で育っていくわけです。そうした子どもの規律意識を育てるような家族支援の体制をつくっていきたいと思っています。

 そのためには、出産・育児に関する保険、児童手当育児休業保証、奨学金制度の充実にも力を入れるべきでしょうし、働きながらでも子育てできるように、勤務体系を見直すことや、保育体制を充実させることも必要になってくると思います。また、育児に悩むお母さん方が気軽に相談を受けられるなどのバックアップ体制も、更に充実しなければいけないと思っています。

 最近、いじめによる自殺が大きな杜会間題となっていますが、調べてみますと、いじめる側の子どもは小さいときに親から愛情をあまり受けていなかったり、人を愛することを教えられていないケースが多いと聞きます。そういう意味では、家庭からいじめの芽を摘んでいくように、親の在り方についても自覚を促していく必要があります。
 現在、教育基本法の改正から始まって、これから教育三法はじめ一連の法整備を行うなど、具体的な教育改革に入っていくわけですが、日教組などの抵抗勢力の力もあなどりがたいので、安倍総理の掲げる「教育再生」を軌道に乗せるべく、私も力を尽くしたいと思っています。

 

 「拉致解決」に向けて積極的な外交を

 

 ――拉致議連の事務局長として、拉致被害者救出活動にも尽力されてきました。

 衛藤 横田ご夫妻をはじめ、家族会の方々が本当に頑張ってこられ、世論も強く支援しているため、拉致問題をめぐる状況はここまで進展してきました。しかし、拉致は北朝鮮が行った国家犯罪ですから、家族の方々がどれだけ努力されようと、最終的には国でなければ解決できない問題です。国には国民を守る責任があるわけですから、拉致された日本人を全員救出すべく、国家が先頭に立って積極的な外交を展開すべきです。
 現在の安倍内閣の六カ国協議への取り組みを見ていますと、日本は本当によくやっていると思います。アメリカがエネルギー支援や資金凍結解除などで北朝鮮に大きく譲歩する姿勢を示したのに対し、日本は協議で合意されたエネルギー支援について「拉致問題を含む日朝関係に進展が得られるまで不参加」という原則を表明しました。
 それに対し、「日本は孤立するのではないか」という声もありますが、何でびくびくすることがありますか。そもそも、北朝鮮に対する援助を各国は本気でやろうと思っているのですか。結局、他の国々は、最後に日本に金を出させようという腹です。日本に「うん」と言わせなければ支援は成り立たないわけですから、日本はあくまで「核と拉致を一緒に解決しなければ金は出さない」と言えばいい。安倍総理は、しっかりした外交をしていると思います。

 

◆ 皇室を中心に育まれてきた「あたたかい国」を取り戻すために

 

 ――衛藤先生は平成二年の大嘗祭をはじめ、皇室の伝統を守る活動にも尽力してこられました。まもなく天皇陛下御即位二十年を迎えるに際し、皇室に対するお気持ちをお聞かせ下さい。

 衛藤 咋年は、皇室典範の改定問題が起こり、万世一系の皇室の伝統が覆されようとする大変な危機にありましたが、秋篠宮家の悠仁親王殿下ご誕生により、皇室によって皇室の伝統を守っていただいた。まさに神風が吹いたと身の引き締まる思いでした。

 私が初めて衆議院に入らせていただいた平成二年は大嘗祭の年でしたが、大嘗祭が伝統的な儀式に則ったかたちで行われるかどうか、危うい状況にありました。幸い、愛媛大学の百地章教授(当時)の論文を基に他の議員の先生方と国会に働きかけた結果、大嘗祭を皇室に伝わる伝統的儀式で行うことが宮内庁内閣府との間で確認されました。

 また、私の地元大分は、畏れ多くも大嘗祭で陛下がきこしめされるお米(主基)を献上する県に選ばれましたので、神社庁などとも相談をして、過激派に主基田を焼かれたりしないようさまざまな工夫をこらし、無事、主基のお米を献上することができました。その後、大嘗祭は古式に則り厳粛に執り行われ、「白分はこのために国会議員にならせていただいたのだ」と実感しました。

 私は厚生労働副大臣や自民党杜会部長などを務め、福祉問題をライフワークとして取り組んできましたが、福祉ももともと皇室がずっとやってこられた事業です。皇室が、障害を持つ人たちにも、同じ大御宝として慈愛を注がれてきたことは、本当に素晴らしい伝統だと思います。

 現代は、ともすればアメリカ流の競争原理、市場経済に基づく冷たい人間観に陥ってしまいがちですが、私たちはもう一度、皇室を中心に育まれてきた「あたたかい国」、そして「経国済民」という日本本来の人間観に基づく経済の在り方を取り戻す必要があると思います。そうした願いも込めて、国民の皆さんと挙って天皇陛下御即位二十年をお祝い申し上げることができればと思っています。

 

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